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横浜地方裁判所 昭和48年(行ウ)13号 判決 1979年5月09日

神奈川県川崎市川崎区渡田四丁目八番二四号

原告

桜井勝男

右訴訟代理人弁護士

篠原義仁

根本孔衛

杉井厳一

児嶋初子

村野光夫

同区榎町二八番地

被告

川崎南税務署長

吉田善作

右指定代理人

菊地健治

木暮栄一

鳥居康弘

白井文彦

酒井義昭

石塚四郎

藤井正信

渡部康

主文

一  被告が昭和四五年一月三一日付で原告に対してなした原告の昭和四二年分所得税についての総所得金額を金一二五万六一九八円とする更正処分のうち、金一二〇万七六三五円を越える部分及び過少申告加算税の賦課決定処分のうち金二一〇〇円を越える部分を取消す。

二  原告のその余の請求をいずれも棄却する。

三  訴訟費用はこれを一二分し、その一一を原告の負担とし、その余を被告の負担とする。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

1  被告が昭和四五年一月三一日付で原告に対してなした原告の昭和四二年分及び昭和四三年分所得税についての更正処分及び過少申告加算税の賦課決定処分(以下「賦課処分」という。)のうち、昭和四二年分については総所得金額一〇〇万円を越える部分及び賦課処分を、昭和四三年分については総所得金額一〇五万円を越える部分及び賦課処分を取消す。

2  訴訟費用は被告の負担とする。

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求をいずれも棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  原告は、建設関係の仕事に従事するいわゆる白色申告者であるが、昭和四二年分及び昭和四三年分(以下「本件係争年分」という。)の所得税について、別表一(本件課税処分の経過表。以下「経過表」という。)の各「確定申告」欄記載のとおり期限内に確定申告をなし、更に同表各「修正申告」欄記載のとおり修正申告をした。

2  被告は、本件係争年分の所得税について、いずれも昭和四五年一月三一日付で経過表の各「更正」欄記載のとおり更正処分及び賦課処分(以下これらをあわせて「本件課税処分」という。)をした。

3  原告は、これに対し、経過表記載のとおり昭和四五年二月二六日異議申立をなし、右申立は同年四月二八日審査請求がなされたものとみなされ、国税不服審判所長は昭和四八年一月二〇日右審査請求を棄却する旨の各裁決をなし、右各裁決書の謄本は同月二七日原告に送達された。

4  しかしながら、本件係争年分の総所得金額は、各修正申告における総所得金額を越えるものではなく、本件課税処分は、被告が全く一方的に独自の方法に基づき原告の所得を過大に認定してなした違法がある。

5  よって、原告は、被告に対し、被告がなした本件課税処分のうち、各更正処分については各年分の修正申告における総所得金額を越える部分の取消を、各賦課処分についてはその全部の取消をそれぞれ求める。

二  請求原因に対する答弁

1  請求原因第1ないし第3項の事実は認める。

2  同第4項の事実は否認する。

三  被告の主張

1  本件課税処分に至る経緯と推計の必要性

(一) 原告は、建設業者及び一般需要者から請負ってタイル工事業を行っているいわゆる白色申告者であり、その主張のとおり、被告に対し、本件係争年分の所得税について確定申告をなし、さらに修正申告書を提出したが、その後、当該修正申告書は川崎地区建設組合連合会事務局長小寺邦明が原告に無断で偽造し提出したものであるとして、更正の請求をした。

(二) 被告は、当該更正の請求が国税通則法第二三条(昭和四五年法律第八号による改正前のもの)の更正の請求に該当しないため、昭和四四年九月二五日更正をすべき理由がない旨の通知をしたところ、原告は、これを不服として同年九月三〇日異議申立をした。

(三)(1) 被告は、原告が昭和四三年六月二七日に原告の居住用土地・建物を買受けている事実からみて、原告の申告所得金額は過少であると考え、すでに調査を予定していたが、右異議申立があったことから所得税調査の必要があるものと判断し、被告所部係官三宅陸郎(以下「被告係官」という。)に本件係争年分の所得税について調査させた。

(2) 被告係官は、昭和四四年一〇月三日から同月二一日までの間五回にわたり原告宅に行き、原告及びその妻に対し事業の規模等について質問し、帳簿書類の提示を求めるなどして原告の本件係争年分の真実の所得金額の把握に努めた。

(3) しかしながら、原告らは、被告係官の右調査に対し、(イ)従業員は原告と同人の実兄の桜井繁雄との二名であること、(ロ)タイル等の材料は必要の都度仕入れており従って材料置場はないこと、(ハ)材料の仕入先の名称等は回答できないこと、(ニ)帳簿等は記録していないこと、(ホ)居宅の建築関係の詳細は不明であることなどを答え、また、修正申告を出させているのだから調査の必要はないのではないかとか、資料は何もないなどと主張し、かつ、税務調査に当っては、被告係官の制止にもかかわらずテープレコーダーにより調査状況の録音を図るなどして調査に応ぜず、被告係官が原告の所得金額を実額により算出することは不可能の状態であった。

(4) そこで、被告係官は、やむをえず昭和四四年一〇月二二日以降同年一一月一七日までの間原告の取引先等についての反面調査を実施し、原告の所得金額の把握に努めた。

(5) ところが、原告は、同年一一月一九日被告係官のもとに出頭して近日中に資料を提出する旨伝え、同年一二月三日にようやく売上げ、仕入れ及び諸経費に関する請求書、領収証等の原始記録を提出したが、右原始記録について検討したところ、売上関係の請求書については、被告係官が川崎信用金庫大島支店においてなした原告の預金の調査により把握していた原告の売上金額の一部に係る書類が存在せず、経費関係については、外注費等の諸経費に関する証拠書類が一部しかない等その原始記録のすべてが整っているとは認められなかった。

(6) そこで、被告は、原告の提出した右原始記録等によって原告の所得金額を実額で把握することは不可能であること、原告にはこれに代り他に所得金額を実額で把握できる帳簿等の記録がなく、また実額把握について原告の協力もなかったことなどから、本件係争年分の所得金額を実額として把握することは到底不可能であると判断し、被告係官の調査によって把握した仕入額等及び原告の申立事項に基づき、本件係争年分の所得金額を推計により算定した。

(7) その結果、昭和四二年分及び昭和四三年分とも原告の修正申告による所得金額を上廻ったので、被告は、原告の異議申立を棄却する旨の決定をなし、別途右調査によって得た所得金額に基づいて本件課税処分を行ったのである。

(四) なお、右異議申立棄却決定に対する審査請求及びこれに対する裁決並びに本件課税処分に対する異議申立、みなす審査及びこれに対する裁決がそれぞれなされているが、原告の本件係争年分の所得税についての確定申告から右各裁決に至るまでの経過及びその内容は、経過表記載のとおりである。

2  本件課税処分の根拠

被告のなした本件課税処分は、原告の昭和四二年分及び昭和四三年分の総所得金額をそれぞれ一二五万六一九八円、一四九万二〇八二円と認定してなしたものであるが、以下に詳述するとおり、原告の右各年分の実際の総所得金額は、それぞれ一二八万九一五七円、一六八万四二九〇円であるから、その範囲内でなされた本件課税処分は適法なものである。

(一) 昭和四二年分

昭和四二年分の総所得金額の内訳及び計算の根拠は、次のとおりである。

(内訳)

(1) 売上金額 五四三万二一四四円

(2) 売上原価 二三八万〇九〇九円

(3) 売上利益 三〇五万一二三五円

(4) 一般経費 六九万二五九八円

(5) 差引所得 二三五万八六三七円

(6) 特別経費(給料賃金・外注費) 一〇〇万七六六二円

(7) 特別経費(地代家賃) 六万〇〇〇〇円

(8) 特別経費(建物減価償却費) 一八一八円

(9) 所得金額 一二八万九一五七円

(根拠)

(1) 売上金額 五四三万二一四四円

次の(2)の売上原価の額二三八万〇九〇九円を別表三の同業者の売上原価率四三・八三パーセントで除して算出した。

なお、別表三の同業者の売上原価率は、川崎市内及び横浜市内に事業所を有し、経続的に原告と同じタイル工事業を個人経営している者のうち、昭和四二年分の仕人金額が一二五万円から五〇〇万円までの者一三名(以下「別表三の同業者」という。)について、同年分の売上金額、売上原価を算出し、売上金額に対する売上原価の占める割合を算定してその平均割合を求めたものである。

(2) 売上原価 二三八万〇九〇九円

次の(イ)及び(ロ)より、当年分の売上原価の額を、当年分の仕入金額と同額であるものと認めた。

(イ) 仕入金額 二三八万〇九〇九円

(内訳)

a 高松商事株式会社(旧商号・株式会社高松タイル商会)(タイル) 一五五万九七五一円

b その他(タイル以外の副材料)(算出方法は左記のとおり) 八二万一一五八円

原告は帳簿及び領収証等を保存せず、また、現金取引が多く、仕入先においても当年分の原告のタイル以外の副材料の仕入金額が判明しないため、実額が把握できたと認められる原告の昭和四三年分のタイル以外の副材料仕入金額に、原告の主材料であるタイルにつき昭和四三年分の仕入金額に対する昭和四二年分の仕入金額の占める割合を乗じて、左記のとおり、原告の昭和四二年分のタイル以外の副材料の仕入金額を算出した。

(43年分のタイル以外の材料仕入金額)(42年分のタイルの仕入金額43年分のタイルの仕入金額)(タイル以外の材料仕入金額)

<省略>

(ロ) たな卸高

原告は、昭和四一年一一月より請負によるタイル工事業を行っており、当年初において材料等を有していたが、当年初及び当年末において手持材料等のたな卸を行っていないため、当年中のたな卸高の増減状況は判然としないけれども、当年末におけるたな卸高が当年初におけるたな卸高に比して特に多額であったと認めるべき証拠もないので、これを同額と認めた。

(3) 売上利益 三〇五万一二三五円

右(1)の売上金額から右(2)の売上原価を差引いて算定した。

(4) 一般経費 六九万二五九八円

右(1)の売上金額に別表三の同業者の一般経費率一二・七五パーセントを乗じて算定した。

なお、本件でいう一般経費とは、同業者の経費のうち、給料賃金・外注費、地代家賃、利子割引率、建物の減価償却費及び貸倒金等の特別経費並びに各種引当金・準備金の繰入額等青色申告者に対して必要経費に算入することが容認される経費を除いた一般的な経費の合計額である。

また、別表三の同業者の一般経費率は、当該同業者の売上金額に対する一般経費の占める割合を算出し、その平均割合を求めたものである。

(5) 差引所得 二三五万八六三七円

右(3)の売上利益から右(4)の一般経費を差引いて算定した。

(6) 給料賃金・外注費 一〇〇万七六六二円

右(1)の売上金額に別表三の同業者の給料賃金・外注費率一八・五五パーセントを乗じて算定した。

なお、別表三の同業者の給料賃金・外注費は、右(3)で述べたところの一般経費に算入しなかった経費のうち、雇人にかかる給料賃金及び外注費の合計額である。

また、右給料賃金・外注費率は、別表三の同業者の売上金額に対する給料賃金・外注費の占める割合を算出し、その平均割合をもとめたものである。

(7) 地代家賃 六万〇〇〇〇円

自動車駐車場賃借料の当年中の支払額である。

(8) 建物の減価償却費 一八一八円

原告が昭和四一年一一月に取得した川崎市大島町三丁目七〇番地所在建物(以下「旧建物」という。)の当年分減価償却費のうち、事業用部分の金額は、次のとおり一八一八円となる。

<省略>

注1 右の償却率四・二パーセントは、減価償却資産の耐用年数等に関する省令別表一の建物のうち木造のもので、住宅用のものにかかる耐用年数二四年に応ずる定額法による場合の償却率である。

注2 右の事業供用割合二三・八八パーセントは、旧建物の総面積五五・三七平方メートルに対する旧建物のうち事業供用部分の面積一三・二二平方メートルの占める割合である。

(9) 所得金額 一二八万九一五七円

(5)の差引所得から(6)ないし(8)の特別経費を差引いて昭和四二年分の総所得金額を算定すると、一二八万九一五七円となる。

(二) 昭和四三年分

原告の昭和四三年分の総所得金額の内訳及び計算の根拠は、次のとおりである。

(内訳)

(1) 売上金額 八三九万五四六五円

(2) 売上原価 三七三万二六二四円

(3) 売上利益 四六六万二八四一円

(4) 一般経費 一〇八万八八九一円

(5) 差引所得 三五七万三九五〇円

(6) 特別経費(給料賃金・外注費) 一七五万一二九三円

(7) 特別経費(地代家賃) 八万三〇〇〇円

(8) 特別経費(利子割引料) 五九四一円

(9) 特別経費(建物減価償却費) 四四八五円

(10) 特別経費(建物除却損) 四万四九四一円

(11) 所得金額 一六八万四二九〇円

(根拠)

(1) 売上金額 八三九万五四六五円

次の(2)の売上原価の額三七三万二六二四円を別表四の同業者の売上減価率四四・四六パーセントで除して算定した。

なお、右別表四の同業者の売上原価率は、別表三の同業者と同じように、川崎市内及び横浜市内に事業所を有し、継続的に原告と同じタイル工事業を個人経営している者のうち、昭和四三年分の仕入金額が二〇〇万円から三〇〇万円までの者一六名(以下「別表四の同業者」という。)について、前記(一)の(1)で述べた別表三の同業者の売上原価率と同一の方法によって算出したものである。

(2) 売上原価 三七三万二六二四円

次の(イ)及び(ロ)より、当年分の売上原価の額を、当年分の仕入金額と同額であるものと認めた。

(イ) 仕入金額 三七三万二六二四円

a 高松商事株式会社(タイル) 二四四万五一三八円

b 小林謙一(建材) 六四万四八〇〇円

c 有限会社桶清商店(風呂桶・風呂釜) 二八万〇四〇〇円

ただし、原告名義の有限会社桶清商店からの仕入金額は四七万四四五〇円であるが、このうち一九万四〇五〇円は同同業者の依頼により原告名義で仕入れたものであるから、これを除いた金額である。

d 板山風呂釜製作所(風呂釜) 三〇万八五二〇円

e 有限会社酒井商店(消耗材料) 五万三七六六円

合計 三七三万二六二四円

(ロ) たな却高

前記(一)(2)(ロ)と同様の理由により、年初及び年末のたな卸高をそれぞれ同額であると認めた。

(3) 売上利益 四六六万二八四一円

右(1)の売上金額から右(2)の売上原価を差引いて算定した。

(4) 一般経費 一〇八万八八九一円

右(1)の売上金額に別表四の同業者の一般経費率一二・九七パーセントを乗じて算定した。

なお、別表四の同業者の一般経費及び一般経費率は、前記(一)(4)で述べた別表三の同業者の一般経費と同一内容のもので、同一方法によって算出したものである。

(5) 差引所得 三五七万三九五〇円

右(3)の売上利益から右(4)の一般経費を差引いて算定した。

(6) 給料賃金・外注費 一七五万一二九三円

右(1)の売上金額に別表四の同業者の給料賃金・外注費率二〇・八六パーセントを乗じて算定した。

なお、右給料賃金・外注費及び給料賃金・外注費率は、前記(一)(6)で述べた別表三の同業者の給料賃金・外注費と同一内容のもので、同一方法によって算出したものである。

(7) 地代家賃 八万三〇〇〇円

自動車駐車場賃借料の当年中支払額六万三〇〇〇円及び材料置場の賃借料の当年中支払額二万円の合計額である。

(8) 利子割引料 五九四一円

原告が建物建築(建て替え)資金として川崎信用金庫大島支店から借入れした二五〇万円に対して、当年中に支払った利息は四万四二〇〇円であるが、このうち当年分にかかる利息の金額は、次の計算(イ)のとおり三万七七〇〇円である。また、当該借入金を充てて川崎市大島町三丁目七〇番地に建築した建物(以下「新建物」という。)は、原告の事業用と居住用とに兼用されていたものであるため、次の計算(ロ)のとおり、原告の事業用支払利息の金額を五九四一円と算定した。

(計算) (単位 円)

(イ) 当年分にかかる利息の金額 (日歩二銭六厘)

<省略>

(ロ) 事業用支払利息の金額

<省略>

(当年分支払利息) (事業供用割合)

37,700円×15.76%=5,941円

(9) 建物減価償却費 四四八五円

原告が当年中に事業の用に供した新、旧建物について減価償却費を算出すると、左記のとおり四四八五円となる

<省略>

注1 右の昭和四一年一一月に取得した旧建物にかかる償却率については(一)(8)の注1において説明したとおりである。また昭和四三年一〇月に取得(新築)した新建物の償却率も同様と認められる。

注2 右旧建物にかかる事業供用割合については、(一)(8)の注2において説明したとおりである。新建物にかかる事業供用割合一五・七六パーセントは、右(二)(8)の計算(ロ)において算出した事業供用割合と同一のものである。

(10) 建物除却損 四万四九四一円

原告は、旧建物を、当年七月に建て替えのために除却(とりこわし)しているが、当該建物の末償却残高のうち除却するまでの期間事業の用に供していた部分に係る未償却残高は、左の計算どおり四万四九四一円であり、当該除却による建物の損失は所得税法上の資産損失に該当するため、右未償却残高四万四九四一円は除却損として必要経費に算入するのが相当である。

(計算)

(イ) 建物の事業供用部分の取得価額 四万八一二二円

(建物の取得価額)(事業供用割合)(事業供用部分の取得価額)

201,520円×23.88%=48,122円

(注) 右の事業供用割合二三・八八パーセントは、右(一)(8)の注2において説明したとおりである。

(ロ) 建物の事業供用部分の取得価額のうち未償却残高 四万四九四一円

<省略>

(11) 所得金額 一六八万四二九〇円

(5)の差引所得から(6)ないし(10)の特別経費を差引いて昭和四三年分の総所得金額を算定すると、一六八万四二九〇円となる。

(三) 推計方法の合理性

(1) 以上のとおり、本件においては、原告の事業内容を最も端的に反映する材料の仕入金額の一部は実額を把握しえたものの、労務費、外注費については把握することができなかったため、被告は原告の本件係争年分の所得金額の算定に当たり、原告のタイル等直接材料の仕入金額を基礎として売上原価を認定し、同業者の売上原価率を用いて売上金額を推計し、更に同業者の一般経費率、給料賃金・外注費率を用いて一般経費、給料賃金・外注費を推計し、これから調査により把握しえた特別経費を差引いて総所得金額を算定したものであるが、右の如き同業者率を基準とする比率法による推計方法は次のとおり十分合理性がある。

(2) 原告は、事業所を有し、建築業者及び一般需要者の求めに応じ主としてタイル工事の請負を行っているもので、いわゆる請負業者に雇用され、もっぱら請負業者の指示に従って労務を提供するタイル工事職人とはその形態を異にする。そして、工事請負業者の場合は、工事収入に対応する経費としては、材料費、労務費、その他工事に直接要した費用があるが、そのうちでも、タイル等直接材料の使用高は工事収入と最も直接的な相関関係にあると認められるところから、材料の仕入高の多寡が最も事業規模を反映しているものと考えられている。そこで、被告は右同業者率を求めるに際し、原告と営業地域をほぼ同じくする川崎市内及び横浜市内に事業所を有し、継続的に原告と同じタイル工事業を個人で営んでいる者で、青色申告者等収入把握に信用のできる者のうちから、事業の内容が原告と極端に相異する同業者を除外するため、仕入金額が原告と近似している者、すなわち原告の昭和四二年分の仕入金額二三八万〇九〇九円及び昭和四三年分の仕入金額三七三万二六二四円を基準とし、各年分ごとに右仕入金額のおおむね半分から二倍、昭和四二年分については当年分の仕入金額が一二五万円ないし五〇〇万円の者、昭和四三年分については当年分の仕入金額が二〇〇万円から八〇〇万円の者を仕入金額のみを基準として客観的に相当数抽出し、その同業者(以下「同業者」という。)についての売上原価率、一般経費率、給料賃金・外注費率を算出し、その平均比率を出しているのであり、被告の恣意は何ら入っておらず右平均比率は原告の営業状態とも類似し客観性をもつものであり、これをもって原告の所得金額の推計の資料としたことは合理的というべきである。

(3) なお、被告が本件において従業員の数やその経験年数、資格の有無による抽出基準を採用しなかったのは、次の理由による。

すなわち、タイル工事業者における工事従業員としては、事業主及びその家族従事員、使用人並びに外注の場合における外注先の従事員に大別されるが、これらの工事従事員数の構成割合や従事員ごとの事業従事日数は、各業者間において差異があるものであるから、従事員数により事業規模の類似性を求めるためには、原告及び同業者についてその従事員の構成割合、工事に従事した日数やその内容等を総合斟酌しなければならないところ、大規模な法人組織の事業者であれば格別、小規模な個人の事業者にあっては、そのほとんどの者につき、作業日誌(工事日誌)を作成することなどにより従事員ごとの従事日数、作業内容等を把握する方途が講じられていないので、正確な従事員数等を把握することは不可能である。そして、原告においてもその従事員数を正確に計算するための資料が全くなかったのである。また、従事員の経験年数の長短や資格の有無等は、右と同様、原告及び同業者の従事員全部について、その経験年数や資格を把握することはほとんど不可能と認められるところであり、それ故、被告は本件同業者を抽出する基準として従事員数及びその経験年数又は資格の有無による基準を採用しなかった。

四  被告の主張に対する答弁

1(一)  被告の主張第1項(一)、(二)及び(四)の事実は認める。

(二)  同項(三)の事実のうち、被告係官が昭和四四年一〇月三日から同年一〇月二一日までの間五回にわたり原告宅に税務調査に来たことは認めるが、右は偽造申告書に関する調査である。

2(一)  同第二項(一)(1)ないし(6)の事実のうち、昭和四二年分の売上金額、売上原価、売上利益、一般経費、差引所得、及び給料賃金・外注費の各金額は否認し、推計の計算方法は知らない。同項(一)(7)の事実は認める。同項(一)(8)の建物減価償却費は争わない。同項(一)(9)の事実は否認する。

(二)  同項(二)(1)ないし(6)の事実のうち、昭和四三年分の売上金額、売上原価、売上利益、一般経費、差引所得、及び給料賃金・外注費の各金額は否認し、推計の計算方法は知らない。同項(二)(7)の事実は認める。同項(二)(8)ないし(10)の利子割引料、建物減価償却費、建物除却損は争わない。同項(二)(11)の事実は否認する。

(三)  同項(三)の主張は争う。

五  原告の反論

1  わが所得税法は、申告納税制度を採用している。右制度は、国民の意思を尊重する立場に立つものであるから、かかる制度の下において推計課税の方法により更正処分をするためには、その要件として、(イ)申告納税者の自主申告に合理的な疑いがあり、(ロ)それに対しまず税務当局が独自に資料収集・調査を行い、(ハ)それでも不十分な場合は納税者に対し納税者の自発的な協力を得られるように合理的な理由を開示して質問調査をなし、(ニ)納税者の協力が得られず十分な資料を入手できない場合にはじめて推計課税が許されるのである。

しかるに、本件において被告係官のなした調査の対象は、前記修正申告書が偽造されたか否かに止まり、本件推計課税の前提となる調査がなされていない。従って、本件推計課税は、その必要性の要件を欠いているから違法であり、本件課税処分は取り消されるべきである。

2  被告が推計の基礎とした同業者率は、同業者の住所、氏名、経験年数、従業員数、仕事の内容(以下「住所、氏名等」という。)を秘したものであるが、右の如き資料による主張・立証は、推計方法の合理性、正当性につきそれを具体的に検証し、反論、反証する機会を納税者から奪うものであって、衡平の原則ないし訴訟における信義則に反するばかりでなく、憲法第三二条に規定する公正な裁判を受ける権利の侵害である。

また、同業者率による推計課税をなすについては、同業者率の算出につき、その基礎となる同業者が納税者と経験年数、従業員数、仕事の内容等営業上の諸要素に近似性があることが必要であるが、この点が明らかにされないまま課税がなされるということは、合理性を欠き、憲法第三〇条、第八四条に規定する租税法律主義にも違反し、ひいては憲法第二九条の財産権の保障を侵奪することとなる。

なお、被告は、右住所、氏名等を明らかにしない理由として守秘義務を主張するが、秘密を守ることの正当性は、事実を知ることの要請と、秘密を守ることの要請とを比較考慮して、総合的、客観的に定められるべきものである。そして、本件にあらわれた小規模のタイル工事請負業者の如きは、大企業におけるプラント、特殊技術の公開と異なり、その営業内容の公開が特に影響を及ぼすものではないのであるから、これに守秘義務があるということはできない。

仮に、前記同業者の氏名等が所得税法等に規定する守秘義務の対象となるとしても、右規定は、憲法の前記規定に反するものとして無効である。

3(一)  売上金額の推計について

被告は、同業者の売上原価率によって売上金額を推計するが、原告のように一般家庭用の小工事を行うタイル工事業者は、大工事を行うタイル工事業者に比較し、基本となる設計において十分な配慮がなされていないので材料屑の発生率が高く、売上原価率が高くなるにもかかわらず、被告の推計においてはこの点が考慮されていない。また、その取扱う材料により、すなわちタイル工事を行う場合と風呂釜の取付けの場合とでは売上原価率が異なるが、かかる材料により利益幅が異なる事実を考慮することなく一律包括的に売上原価率を計算することは不当であり、これに基づいてなされた売上金額の推計は不当である。

(二)  車輌の減価償却等について

原告は、昭和四三年中に自動車を購入し、営業に用いたため、ガソリン代等の経費が増加したが、被告は、同年分の経費として、昭和四二年分と同様同業者率による一般経費を計上したのみで、自動車の減価償却、ガソリン代等右経費の増加につき特別の控除をしていない。かかる現実無視の算定は不当である。

(三)  給料賃金・外注費について

給料賃金と外注費とを比較すれば、一般に外注費の方が割高である。ところで、原告の従業員は、原告の兄桜井繁雄一人のみであるから、外注に依存する割合が高く、また、繁雄に対する賃金は、兄弟という関係もあって必然的に高くなっていた。従って、給料賃金・外注費率は平均値よりも高いのであるが、かかる事実が無視されている。

六  原告の反論に対する被告の主張

1  反論1について

被告係官が原告の本件係争年分の所得額につき調査をしたことは、前記三1(三)(1)ないし(8)のとおりである。

2  反論2について

(一) 被告が推計の基礎とした同業者率の基礎資料につき同業者の住所、氏名等を明らかにしないのは守秘義務があるからである。すなわち、国家公務員は、職務上知りえた秘密を守る義務があり、推計の基礎資料とした者の住所、氏名等については、職務上知りえた営業上の秘密に属するものであるから、これを漏らしてはならないのであり、これに違反したものは処罰されるのである(国家公務員法第一〇〇条第一項、第一〇九条第一二号、所得税法第二四三条等)。また、民事訴訟及び刑事訴訟においても、右秘密に関する事項について、公務員は証言を拒絶しうるとされている(民事訴訟法第二七二条、第二八一条、刑事訴訟法第一四四条)。

(二) 推計の基礎資料とした者の住所、氏名等を明らかにすることは、推計課税の合理性を担保するためには必ずしも必要でなく、同業者の抽出方法及び同業者の売上金額、売上原価、一般経費、給料賃金・外注費等に関する算出の過程を明らかにしその合理性が担保されれば足りるのである。

(三) 被告が同業者率の基礎資料とした同業者の住所、氏名等を明らかにしないことにより、原告の主張・立証について何らかの不便を伴うとしても、元来、納税者たる原告は自らの所得に関し、その計算の基礎となる取引の具体的事実について最もよく知るものであるから、他に反論、反証をあげることもさして困難なことではないはずである。従って、原告の訴訟上の防禦権を不当に奪うものとはいえず、公正な裁判を受ける権利を奪うものでもない。

3  反論3(一)について

材料屑の発生による材料ロスの割合は、大工事を行う業者と家庭用小工事業者のいずれが多いかは一概に断定できない。その上、請負によって大工事をなす場合は、発注者である元請業者の監督が厳して請負金額も低く押えられ勝ちであるから、家庭用小工事を行うものに比較して、その売上原価率が低いともいえない。

なお、被告の採用している同業者率が正当であることは、被告が調査によって把握した原告の仕入金額を基礎として原告の売上原価率を計算した場合、昭和四三年分について三七・七パーセントとなり、これは、被告が採用した別表四の同業者の売上原価率四四・四六パーセントより低いことからも明らかである。

4  反論3(二)について

原告が買い入れた自動車の減価償却費は一〇万円程度であり、これとガソリン代とは同業者率によって算出した一般経費に含まれている。

5  反論3(三)について

原告の兄がなした確定申告によると、同人の給与所得控除前の金額は、昭和四二年分が三八万八五〇〇円、昭和四三年分が九六万円であり必ずしも高いものとはいえないし、原告本人尋問の結果によっても、外注は一般に原告の仕入材料を使用していないのであるから、給料賃金・外注費率が高くなることもない。

第三証拠関係

一  原告

1  甲第一ないし第一二号証。

2  原告本人。

3(一)  乙第一三、第一四、第一七、第一八号証、第二一号証の一、二、第二二号証の一、第二三号証の一、第二四ないし第二六号証、第二八、第二九号証の各成立を認める。

(二)  乙第一五号証の二ないし一二、第一六号証の一ないし三、第二二、第二三号証の各二、三の各原本の存在及び成立を認める。

(三)  その余の乙号各証の成立は知らない。

二  被告

1  乙第一号証、第二号証の一、二、第三号証、第四号証の一ないし三、第五号証、第六号証の一、二、第七号証、第八号証の一、二、第九号証、第一〇号証の一、二、第一一ないし第一四号証、第一五号証の一ないし一二、第一六号証の一ないし三、第一七、第一八号証、第一九、第二〇号証の各一ないし三、第二一号証の一、二、第二二、第二三号証の各一ないし三、第二四ないし第二九号証。

2  証人三宅陸郎、同劔持哲司、同横山峯夫、同塚瀬一男、同安藤供通、同中村水守、同榎本秀男、同小池輝明。

3  甲第七、第八号証の原本の存在及び成立を認める。その余の甲号各証の成立を認める。

理由

一  請求原因第1ないし第3項の事実及び本件課税処分が推計課税によりなされたことは当事者間に争いがない。

二1  推計の必要性

証人三宅陸郎の証言により真正に成立したと認める乙第一九、第二〇号証の各一ないし三、右三宅証言及び原告本人尋問の結果に弁論の全趣旨を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

(一)  原告は、その主張のとおり、本件係争年分の所得税について、それぞれ確定申告をなし、次いで修正申告書を提出していたが、昭和四四年八月二日右修正申告書を偽造されたものとして更正の請求をなし、これが理由なしとして通知されると、これに対し同年九月三〇日異議申立をした(以上の事実は当事者問に争いがない。)。

これよりさき、被告は、原告が昭和四三年六月二七日に居宅用の土地、建物を買受けていることから原告の申告所得金額は過少であると考え調査を予定していたが、前記異議申立があったため、被告係官に対し、右各年分の所得税について調査を命じた。

(二)  被告係官は、右所得税の調査のため昭和四四年一〇月三日他の職員一名と原告方に行ったところ、原告が不在であり、居合わせた原告の妻に事業の規模等につき尋ねたが、「従業員は原告及びその実兄の二名である。タイル等の材料は必要の都度仕入れており、従って材料置場はない。材料の仕入先名は原告から口止めされており回答できない。帳簿等は記録していない。原告居宅の建築関係の詳細は不明である。」等の回答しか得られなかったので、右調査に来たことを原告に伝言するよう同女に依頼して辞去した。

(三)  同月四日原告の妻より、原告は仕事の都合で近日中には調査に応じられない旨の電話があり、その後原告から連絡がなかったので、被告係官は、同月九日及び同月一三日に原告方を訪れたが、原告はいずれも不在であった。なお、被告係官は、同月一三日の午後五時近く原告から、「今来てくれれば会える。ただし、何も資料はない。すでに修正申告書を出させているのだから調査の必要がないのではないか。」との電話連絡を受けたが、同日は時間が遅く行けないこと及び調査に協力してほしい旨を答えた。

(四)  同月一七日午前九時ころ原告の妻より、本日の午後なら都合が良い旨の連絡があったので、被告係官は、他の職員一名と原告方を訪れたが、原告は、当初からテープレコーダーを廻して被告係官の交渉を録音しようとし、被告係官の再三にわたる録音中止の要請に応ぜず、平穏な調査を行うことが困難な状況であった。そこで、被告係官は、当日の調査を打切り、同月二一日再度調査のため原告方を訪れたが、原告は、前回同様被告係官との交渉を録音しようとし、被告係官の中止要請に応じなかったので、被告係官は、調査を打切った。

(五)  そこで、被告係官は、やむなく反面調査をすることにし、同月二二日から同年一一月一七日までの間、原告の取引先等について反面調査を行い、原告の所得金額の把握に努めた。

(六)  原告は、同年一二月三日被告税務署に出頭し、同人が保存していた売上げ、仕入れ及び諸経費に関する請求書及び領収証等を被告係官に提出した。被告係官においてこれらの書類を検討したところ、売上関係の請求書については、被告係官が川崎信用金庫大島支店の預金調査により把握した売上金額の一部に該当するものがなく、経費関係についても、外注費、諸経費に関する証拠書類が一部しかないなど、その原始記録のすべてが整っているものとは認められなかった。

(七)  そこで、被告は、原告の所得金額を実額で把握することは不可能であると判断し、被告係官の調査により判明した仕入金額等及び原告の申立事項に基づき比率法により原告の所得金額を推計したところ、昭和四二年分及び昭和四三年分とも原告の修正申告額を上廻ったので、右推計所得金額により本件課税処分を行った。

右認定の事実によると、被告は、原告が居宅等を買受けたことから申告所得金額に疑いをもっていたところ原告から前記異議申立がなされたので、本件係争年分の所得税につき調査を開始したが、原告の十分な協力がなく、かつ原始記録も一部しかなく、実額調査が不可能な状況であったため、やむなく推計課税をなしたものであるから、推計課税の前提となる調査がなされていないとして本件推計課税が必要性の要件を欠く旨の原告の主張は理由がない(なお、推計課税をなすための事前調査として、すべての場合被調査者に対し調査理由を具体的に告知することは義務づけられていないのであり、さらに、前に認定した本件調査の経過に照らし、右調査の場合被告係官に調査理由の告知義務があったものとは認められない。)。

2  推計の合理性

(一)  証人劔持哲司の証言により真正に成立したと認める乙第一、第三、第五、第七、第九号証、証人横山峯夫の証言により真正に成立したと認める乙第二号証の一、二、証人塚瀬一男の証言により真正に成立したと認める乙第四号証の一ないし三、証人安藤供通の証言により真正に成立したと認める乙第六号証の一、二、証人中村水守の証言により真正に成立したと認める乙第八号証の一、二、証人榎本秀男の証言により真正に成立したと認める乙第一〇号証の一、二、証人劔持哲司、同横山峯夫、同塚瀬一男、同安藤供通、同中村水守、同榎本秀男の各証言を総合すれば、次の事実が認められ、この認定を動かすに足りる証拠はない。

東京国税局長は、昭和四八年一〇月一日付で原告の事務所に近在する同業者の収入状況を知るため、川崎市内及び横浜市内に存在する川崎南、川崎北、鶴見、神奈川及び横浜南の各税務署長宛て「税務訴訟に関する資料の報告について」と題する通達を出し、左記基準に該当する者につき対象年分(昭和四二年分及び昭和四三年分)の売上金額、期首商品(製品)たな卸高、仕入金額、期末商品(製品)たな卸高、一般経費、給料賃金及び外注費、原価率、一般経費率、給料賃金・外注費率等の報告を求め(比率は百分比で記載し、小数点第三位以下は切り捨てることを指示)、その結果を集計平均して別表三、四、記載のとおり同業者率を算出した。

(1) タイル工事業を営む個人事業者のうち、暦年事業を継続している有資格者で、かつ次の(イ)、(ロ)の各条件のうち、いずれにも該当するものの全員。

(イ) 対象年分について実額調査を行い、収支事績の明らかなもの、又は対象年分について青色申告決算書の提出があり、その収支事績の明らかなもの。

(ロ) 仕入金額が、昭和四二年分については一二五万円から五〇〇万円までのもの、昭和四三年分については二〇〇万円から八〇〇万円までのもの。

(2) ただし、「年の中途で転業したもの、業態の変更があったもの、災害等の発生等により経営状態が異常なもの、他の事業を兼業していてこれを区分計算できないもの及び対象年分について不服申立のあるもの又は訴訟係属中のもの」を除外する。

(二)  前記(一)認定の事実によると、前記通達に示された基準に照らし、右報告書に記載された同業者の営業規模は原告のそれとほぼ同視することができ、また、同報告書の各金額欄に記載された数字の正確性も担保されているものというべく、さらに、報告書に記載された同業者数の合計は、昭和四二年分につき一三名、昭和四三年分につき一六名に達しているから、右報告の結果を集計平均して算出した同業者率には一応合理性があるものということができる。

(三)(1)  右同業者率は、本件推計課税の基礎として被告の主張するところであるが、原告は、同業者の住所、氏名等を明らかにしないまま、右同業者につき調査した資料に基づく同業者率により主張・立証をなすことは、衡平の原則ないしは訴訟における信義則に反し憲法第三二条に違反する旨主張する。

しかしながら、税務職員は、自己が職務上知り得た秘密を守る法律上の義務を有する(所得税法第二四三条、国家公務員法第一〇〇条第一項)から、被告が同業者の住所、氏名等を明示しないのはやむを得ないものというべきである(なお、原告は右の如きは守秘義務のある秘密に該当しないとか、仮に住所、氏名等を明らかにすることが右法条に違反するとすれば、右法条はその範囲で憲法違反として無効であり、守秘義務はない旨主張するが、いずれも独自の見解であって採用できない。)。また、かかる主張・立証が行われるとき相手方たる納税者はこれに対し全く反論・反証の手段を奪われるものでもなく、当該資料の作成者の尋問等により、その内容の正確性、妥当性を争うことは勿論、当事者として、一番事情に詳しい納税者は、その保持している資料又はこれに代る資料を提出して、反論・反証をすることも可能であるから、必ずしも訴訟の進行上納税者に著しい不利益を与えるものではない。従って、被告が前記同業者の住所、氏名等を明示しないからといって、直ちに原告の右主張のような違法があるものということはできない。

(2)  また、原告は、同業者の住所、氏名等を明らかにしないまま右同業者につき調査した資料に基づく同業者率により推計課税をすることは合理性を欠き憲法第二九条、第三〇条、第八四条に違反する旨主張する。

しかしながら、同業者率を使用した比率法により推計課税をなす場合における同業者率の正当性を担保するためには、同業者の住所、氏名等を明示しなくても前述のとおり、同業者の抽出方法の無作為性、その資料の正確性、同業者率算出の方法の正当性等を明らかにすることにより十分担保できるのであるから、結局は、右手続を経て確定された同業者率が課税処分をなすに適当なものであるかどうかの価値判断の問題に帰するところ、本件で用いた同業者率は前記(一)及び後記三1(二)、(五)、2(二)説示のとおり正当性が認められるから、憲法第二九条、第三〇条、第八四条に違反するものということはできない。

(四)  ところで、本件の如き推計課税において、納税者の課税所得金額を算出する過程における金額又は比率の端数処理については、国等の債権債務等の金額の端数計算に関する法律その他法令の端数計算に関する規定の適用を受ける場合を除き一般原則はなく、その取扱いもまちまちであるが、所得計算の積極項目については切捨、所得計算の消極項目については切上という方法をとることが、その安全性を担保するために妥当なものと解される。従って、前記報告書に基づき、各対象者の売上原価率、一般経費率、給料賃金・外注費率(いずれも所得計算の消極項目である。)を「小数点第二位未満切上」の方法により計算すると別表二の(一)、(二)記載のとおりとなる(なお、給料賃金・外注費率のうち昭和四二年分の同業者Lの一・三〇パーセント、昭和四三年分の同業者Mの二・〇〇パーセントは、それぞれ最高値の一五分の一以下、平均値の一〇分の一以下という異常に低い率を示している。そして、弁論の全趣旨によると、同業者LとMとは同一人であることが認められ、この同業者だけが特に他の同業者とかけ離れていることは、同人の特殊性を窺わせるに十分であるから、これを除いて平均割合を算出することが合理的である。

そこで、同業者Lを除いた一二件について別表二(一)の給料賃金・外注費率の平均割合を算出すると二〇、〇〇パーセントとなり、同業者Mを除いた一五件について別表二(二)の給料賃金・外注費率の平均割合を算出すると二二・一三パーセントとなる。)。

三  原告の所得金額

1  昭和四二年分

(一)  売上原価 二三八万〇九〇九円

成立に争いのない乙第一三号証、原本の存在及び成立に争いのない乙第一五号証の二ないし一二、第一六号証の一ないし三、証人三宅陸郎、同劔持哲司の各証言を総合すれば、原告は、昭和四二年中に高松商事株式会社(旧商号・株式会社高松タイル商会)から主材料であるタイルを代金一五五万九七五一円で仕入れていることが認められる。

ところで、昭和四二年中における原告の副材料についての仕入金額を認めるに足りる証拠はなく、前示乙第一五号証の二ないし一二、成立に争いのない乙第一四、第一七、第一八号証、第二一号証の一、二、第二二、第二三号証の各一ないし三(第二二、第二三号証の各二、三については原本の存在についても争いがない。)、証人三宅陸郎の証言により真正に成立したと認める乙第一九、第二〇号証の各一ないし三、証人三宅陸郎の証言を総合すれば、原告の昭和四三年分の仕入金額は、次のとおり合計三七三万二六二四円であるものと認められる。

(1) 高松商事株式会社(タイル) 二四四万五一三八円

(2) 小林謙一(建材) 六四万四八〇〇円

(3) 有限会社桶清商店(風呂桶、風呂釜) 二八万〇四〇〇円

(4) 板山風呂釜製作所(風呂釜) 三〇万八五二〇円

(5) 有限会社酒井商店(消耗材料) 五万三七六六円

原告本人尋問の結果によると、原告の営業状態は、昭和四二年と昭和四三年とで格別の変化もなかったことが認められるから、右両年間における原告の主材料の仕入代金額と副材料の仕入代金額との割合はほぼ同一であったものと認められる。

そうすると、原告が高松商事株式会社以外の所から仕入れた昭和四二年分の副材料の仕入金額は、次のとおり、八二万一一五八円となる。

<省略>

<省略>

また、当年末のたな卸高が当年初のそれに比し特に多額であったことを認めるべき証拠はないので、これを同額であるものと認め、原告の売上原価の額は仕入金額と同じ二三八万〇九〇九円(一五五万九七五一円と八二万一一五八円との合計額)となる。

(二)  売上金額 五四二万九六六七円

売上利益三〇四万八七五八円

右売上原価の額二三八万〇九〇九円を別表二(一)の売上原価率四三・八五パーセントで除して得られる売上金額五四二万九六六七円(円未満切捨)と売上原価二三八万〇九〇九円との差である三〇四万八七五八円が売上利益となる。

なお、原告は、原告のような家庭用の小工事を行うタイル工事業者は、大工事を行う同業者に比較して材料屑の発生率が高いため売上原価率は高くなり、また、その使用材料により売上原価率が異るのに、これらの点を考慮しない被告採用の売上原価率は不合理である旨主張する。しかし、右売上原価率は、前記二2(一)で認定したとおり、原告と営業規模をほぼ同じくする同業者各一〇数名につき係争年中の材料仕入金額等を調査した結果に基づき算出されたものであり、また、右仕入金額には、原告の場合と同様、タイル及び副材料が含まれているものと推認されるから、この仕入金額を基礎として推計された売上原価率が原告に不利益となる理由は見出し難い。従って、原告の右主張はいずれも採用できない。

(三)  一般経費 六九万三三六九円

右売上金額に別表二(一)の一般経費率一二・七七パーセントを乗じて一般経費を算出すると、六九万三三六九円(円未満切上)となる。

(四)  差引所得 二三五万五三八九円

(二)の売上利益から(三)の一般経費を控除した残額である。

(五)  給料賃金・外注費 一〇八万五九三四円

(一)の売上金額に別表二(一)の給料賃金・外注費率二〇・〇〇パーセントを乗じて給料賃金・外注費を算出すると、一〇八万五九三四円(円未満切上)となる。

なお、原告は、唯一人の従業員である原告の兄に対する賃金の額は平均よりも高い上、外注の依存度も多かったので、給料賃金・外注費率は他の業者に比較して高い旨主張するが、成立に争いのない甲第九、第一〇号証によると、原告の兄桜井繁雄の給与所得金額は、昭和四二年分が二五万四八〇〇円、昭和四三年分が七〇万五一二五円であることが認められるので、これらに対する給与所得控除前の金額は、昭和四二年分が三八万八五〇〇円、昭和四三年分が九六万円となり(所得税法第二八条第三項(昭和四三年法律第二一号による改正前のもの)、昭和四二年法律第二〇号附則第三条、所得税法第二八条第三項(昭和四四年法律第一四号による改正前のもの)、昭和四三年法律第二一号附則第三条に従って算出)、いずれも高額であるとはいえないし、原告本人尋問の結果によると、外注は一般に原告の仕入材料を使用しなかったというのであるから、仕入金額を基礎として売上金額及び給料賃金・外注費率を推計する前記方法にさしたる影響を与えるものとはいえない。従って、原告の右主張は採用できない。

(六)  地代家賃 六万〇〇〇〇円

自動車駐車場の当年分賃料支払額が六万円であることは、当事者間に争いがない。

(七)  建物減価償却費 一八二〇円

被告が主張する旧建物の取得価額、償却の基礎となる価額、償却率、償却期間、事業供用割合は、原告の認めるところであるから、被告主張の計算表に基づき計算すると、算出償却額、本年分償却額はいずれも七六一八円、事業用部分の償却額一八二〇円となる(いずれも、円未満切上)。

(八)  所得金額 一二〇万七六三五円

(四)の差引所得から(五)ないし(七)の特別経費を差引いた残額である。

2  昭和四三年分

(一)  売上原価 三七三万二六二四円

原告の昭和四三年分の仕入金額が三七三万二六二四円であることは前記1(一)に認定のとおりであり、また、当年初のたな卸高と当年末のそれとが同額であると認められることは前記1(一)の認定と同旨であるから、右仕入金額が売上原価と認められる。

(二)  売上金額、売上利益、一般経費、給料賃金・外注費については、それぞれ別表二(二)の同業者率により前記1(二)(三)と同じ方法で算出すれば、次のとおりとなる。

売上金額 八三九万一六九〇円

3,732,624円÷0,4448=8,391,690円(円未満切捨)

売上利益 四六五万九〇六六円

8,391,690円-3,732,624円=4,659,066円

一般経費 一〇九万〇〇八一円

8,391,690円×0,1299=1,090,081円(円未満切上)

差引所得 三五六万八九八五円

4,659,066円-1,090,081円=3,568,985円

給料賃金・外注費 一八五万七〇八一円

8,391,690円×0,2213=1,857,081円(円未満切上)

なお、原告は、昭和四三年中に自動車を購入したことによる車輌減価償却費、ガソリン代等の車輌関係経費の増加について何ら考慮されていないのは不当である旨主張するけれども、証人三宅陸郎の証言及び弁論の全趣旨によると、被告が採用した同業者の計算において右車輌関係経費は一般経費に含まれていることが認められ、原告の当年分一般経費(車輌関係費を含む)の額が前記一〇九万〇〇八一円を上廻ることについては何ら具体的な主張も立証もないから、原告の右主張は採用できない。

(三) 地代家賃 八万三〇〇〇円

自動車駐車場及び材料置場の当年分賃料支払額が八万三〇〇〇円であることは、当事者間に争いがない。

(四) 利子割引料 五九四六円

被告の主張三2(二)(8)の事実は原告の認めるところであるから、被告主張の計算表により計算すると、事業供用割合が一五・七七パーセント(小数点三位未満切上)となり、利子割引料は左記算式のとおり五九四六円となる。

37,700円×0,1577=5,946円(円未満切上)

(五) 建物減価償却費 四四九〇円

被告の主張三2(二)(9)の事実は原告の認めるところであるから、被告主張の計算表により計算すると、別表五記載のとおり、四四九〇円となる(円未満切上)。

(六) 建物除却損 四万四九三七円

被告の主張三2(二)(10)の事実は原告の認めるところであるから、被告主張の計算表により計算すると、別表六記載のとおり、四万四九三七円となる(円未満切上)。

(七) 所得金額 一五七万三五三一円

(二)の差引所得から、(二)の給料賃金・外注費及び(三)ないし(六)の特別経費を控除した残額である。

四  結論

以上の次第で、本件課税処分のうち、昭和四二年分の総所得金額一二〇万七六三五円を越える更正処分及び同年分の賦課処分につき二一〇〇円(右総所得金額から成立に争いない甲第一一号証により認められる所得控除額一八万九三二五円を控除した残額一〇一万八三一〇円につき一〇〇〇円未満を切り捨てた一〇一万八〇〇〇円を課税所得金額として算出した所得税額一五万八三〇〇円から修正申告所得税額一一万五八〇〇円を控除した残額四万二五〇〇円につき一〇〇〇円未満を切り捨てた四万二〇〇〇円の五パーセント)を越える部分は、いずれも違法であり取消を免れないが、昭和四三年分の総所得金額は、本件更正にかかる総所得金額を上廻ることが明らかであるから、右更正は適法であり、同年分の賦課処分にも右更正処分の違法を前提とする違法はない。

よって、原告の本訴請求を右の限度で認容するが、その余を失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき行政事件訴訟法第七条、民事訴訟法第九二条本文、第八九条を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 三宅純一 裁判官 桐ケ谷敬三 裁判長裁判官宍戸清七は転補のため署名押印することができない。裁判官 三宅純一)

別表一 本件課税処分の経過表

(一) 昭和四二年分

<省略>

(二) 昭和四三年分

<省略>

別表二

(一) (昭和四二年分)

<省略>

(二) (昭和四三年分)

<省略>

別表三 (昭和四二年分)

<省略>

別表四 (昭和四三年分)

<省略>

別表五 (建物減価償却費計算)

<省略>

ただし、新建物の事業供用割合は被告の主張三2(二)(8)の事実により計算すると一五・七七パーセントとなる。

13.22m2÷83.88m2=0.1577(小数点5位未満切上)

別表六 (建物除却損計算)

<省略>

ただし、旧建物の供用部分の取得価額は次のとおり四万八一二三円となる。

201,520円×0.2388=48,123円(円未満切上)

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